広島高等裁判所岡山支部 昭和46年(ラ)10号 決定 1973年10月03日
抗告人 池田好子(仮名) 外一名
相手方 田上健治(仮名) 外二名
主文
原審判を取消す。
本件を岡山家庭裁判所に差戻す。
理由
第一、当事者の申立
一、抗告人池田の抗告の趣旨
原審判を取消し、更に相当の決定を求める。
二、抗告人田上愛子の抗告の趣旨、理由は別紙のとおりである。
第二、当裁判所の判断
一、抗告人田上愛子は、原審判が同抗告人の受領している退職金、役員功労金等および生命保険金を特別受益と解したことは誤りであると主張するので各金員の遺産性の有無、民法九〇三条一項準用の有無について、本件記録にもとずき、順次検討する。
(1) 退職金、役員功労金
○○会病院の職員退職金給与規定、役員功労金規定、同病院長の報告書によると、右各金員は民法の相続規定と異つた範囲および順位によつて遺族に支給されることが認められるので、遺族たる受給権者が固有の権利として取得するものであつて、遺産には属しないものと解すべきである。しかし右金員はいずれも被相続人の生前の労働、貢献に対する対価であり、殊に退職金は賃金の後払い的性格を有し、その実質は遺産に類似するものであるから共同相続人間の公平をはかるために、これを特別受益とみるのが相当である。
原審判もこれを遺産ではないが特別受益であるとの判断をしているが、具体的相続分算定に際し、これらを現実の遺産の評価額に加えていない点において失当である。
(2) 特別退職金
岡山県○○会職員未払給与積立金規定によれば、給与の一部を○○会に積立てた職員は、退職時に積立金とこれに対する所定の利息を受取る(これを特別退職金という)こと、当該職員が死亡した場合の受取人の定めのないことが認められ、職員と○○会との間の消費貸借契約の終了に基づく返還請求にほかならないから、右は遺産というべきである。
したがつて、これを遺産ではないとした原審判は失当である。
(3) 退職者遺族共済金
○○会の退職者遺族共済規約によれば、退職者遺族共済金については被相続人が生前に掛金の一部を拠出していることが給付の要件となつているが、受給者の範囲、順位を別に定めていることが認められるので、受給者の固有の権利とみるべきで遺産とはいえないし、また制度の趣旨から特別受益とみるべきでない。
したがつて、これを特別受益とした原決定は失当である。
(4) 生命保険金
○○生命保険相互会社○○支社の報告書によると、本件保険契約は被相続人が自己を被保険者、抗告人田上愛子を受取人と定めたものであることが認められるので、同抗告人は固有の権利として生命保険金を取得したもので、遺産に含まれないし、保険契約の趣旨から特別受益とみるのは相当でない。
したがつて、これを特別受益とした原決定は失当である。
二、抗告人田上愛子は、他の相続人に対して債権を有するからその償還を求めると主張するが、同抗告人が述べる被相続人に対する貸付金、立替払いした税金等、住宅金融公庫への割賦返済金は何れも相続債務であるところ、相続債務は相続開始と同時に共同相続人にその相続分に応じて当然分割承継されるもので遺産分割の対象外である。したがつて右金員については共同相続人間で別個に処理すべきであるとした原審判は相当である。
三、よつて、本件抗告は理由があるのでこれを取消し、家事審判規則一九条に従い原審に差戻すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 辻川利正 裁判官 永岡正毅 熊谷絢子)